音楽 CD の逆輸入禁止法は長期的に見ると有害である

日本で販売されてきていた音楽 CD と全く同一のものが、外国で非常に安価で販売されているということは公然の事実ですが、それを活用して、外国で購入した音楽 CD を日本に逆輸入するビジネスが昔からあります。これは本来、全く正当で合理的なビジネスですが、2005 年から、いわゆる「音楽 CD 逆輸入禁止法」というおかしな法律が制定されました。

具体的には著作権法第 103 条 (侵害とみなす行為) の第 5 項に規定されています。日本で販売されている音楽 CD と同一の音楽 CD (違法コピーされたものではなく、正規のもの) が外国で販売されているからといって、それを日本に輸入して販売することは、著作権法違反であるとみなすという法律です。これは大変非合理的で不公正な法律です。海外で違法コピーされた音楽 CD が国内に輸入されて販売されることを防ぐ必要があるのは当然のことですが、そうではなく、日本の著作権者が承諾した上で海外で (または日本で) 正規に製造された音楽 CD を日本国内に逆輸入して販売することを禁止している訳です。なぜこれを禁止する必要があるのか理解に苦しみます。もし著作権者が海外で日本よりも安価に同一の音楽 CD が販売されることが嫌だと思うのであれば、そのような安価な価格で販売されることを拒否すれば良いはずです。海外で安価に正規の音楽 CD が販売されているということは、著作権者がそれを許諾したということです。著作権者が許諾した条件の下、ある地域で販売されている製品と、全く同一の製品が別の地域で販売されており、いろいろな原因 (たとえば流通業者の人件費が安いなど) によってその別の地域での販売価格のほうが大幅に安いということは、つまり、その別の地域における流通業者が色々な工夫をして販売価格を安価に抑えることができているというその努力の成果によるものです。その努力の成果として安価に販売されている音楽 CD を安価に大量に購入して、高価で販売されている地域にそれを持って行き、少し安い値段で販売するという行為は、正当な競争行為です。それを妨げることは正当な競争を妨げ、価格を高いままに吊り上げておこうとする「音楽 CD 逆輸入禁止法」は、自由市場においては許されない非倫理的な法律です。

「音楽 CD 逆輸入禁止法」の趣旨は、恐らく、日本国内における流通コストと、海外における流通コストを比較した場合、海外のその事業に関わっている人達のほうが、人件費などのコストを安価にするように絶え間ない努力をした結果優勢となっている状況に怖れを感じ、日本国内の音楽 CD 流通業をとりあえず一時的に保護しようとするものであると思われます。これは確かに一時的には効き目があります。本来であれば非効率で人件費だけが異様に高い日本の音楽 CD 流通業が、海外の同等の事業者を見倣い、コスト削減を努力するべきところを、一時の、刹那的なこの法律により、とりあえずはその努力義務を放棄しても良いようにした、麻酔のような法律です。

ある人が身体の一部を負傷して、痛みを感じているとき、できるだけ早急に治療する必要があります。治療することにより完治すれば、痛みはなくなります。そのため、痛みは健康状態を取り戻すために必要な感覚です。痛みがなければ、治療する必要はないと誤解し、その人はその身体を負傷したまま放ったらかしにしておくと思います。そうすると、次第に出血や化膿などがひどくなっていき、取り返しがつかなくなってしまいます。しかし、痛みをとりあえず消すために、麻酔を使うこともできます。麻酔を使うと、身体の負傷している箇所を治療しなくても、とりあえず痛みはなくなります。緊急的には麻酔が必要な場合があります。しかし、麻酔を継続的に用いることは、身体の負傷部分の治療に対する代替にはなりません。麻酔を用いていてもそうでなくても、身体の負傷部分を治療しなければそのうち亡くなってしまうという結果は改善しません。

音楽 CD の流通コストが海外と比較して日本国内のほうが大幅に高額であるということは、競争に負けているということを意味します。これは、身体が負傷しているのとだいたい似た状態です。コストが高すぎ、それを低くすることを怠っていることが問題なのであって、その問題をごまかすために、とりあえず麻酔を打って痛みを忘れてしまっているようなものです。これは長期的には取り返しがつかない事態を引き起こします。国外の事業者は日夜競争を行う訳ですが、その間にも国内の事業者は麻酔的な法律によって痛みを忘れ、何もせずだらだらと過ごしていると、そのうち、麻酔的な法律で対応することができない程度の、国内と国外との競争力の差異が発生してしまい、その瞬間、当該事業に関係するすべてのビジネスが一瞬で崩壊してしまいます。そうならないためにも、日本国内の特定の事業を国外との競争から一時的に守るような麻酔的な法律は、一時的・緊急避難的には必要かも知れませんが、経常的にそのような法律を運用してはならないと思います。