運送会社のトラックの荷台で移動する行為(法律の思考実験)

あまり現実社会では推奨される行為ではないと思いますが (さらに、大変くだらない話ですが)、思考実験として、標題のようなことについて考えてみたいと思います。

無料で遠方 (例: 東京 −> 岡山) まで行くために、運送会社のトラックの荷台に勝手に忍び込み、目的地までトラックに (無断で) 運んでもらい、目的地付近に到着した後に降りるという行為を行う者がいたとすると、この者を刑事的に処罰することは可能でしょうか。


なお、あくまでも思考実験(っていうのか?)であり、実際に、運送会社のトラックの荷台に勝手に忍び込むことを推奨するものではありません。


建造物侵入罪に該当するのか

刑法には、関連しそうな項目として、

(住居侵入等)
第百三十条  正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

との規定があります。いわゆる不法侵入の罪というものです。
勝手にトラックの荷台に忍び込む行為について、無料で遠方地まで行きたいからというのは「正当な理由」に当たらないため、この不法侵入の条項を適用できるのではないかと思いました。
しかし、この条文の客体は「住居」、「邸宅」、「建造物」、「艦船」の 4 種類に限定されるようです。
「住居」とは他人が生活する場所 (住宅など)、「邸宅、建造物」とは建物および建物の周辺の塀などで囲まれた領域 (塀の上も含む) 、「艦船」とは船舶のことであり、「自動車」はいずれにも含まれないようです。
したがって、運送会社のトラックの荷台に勝手に忍び込む行為について不法侵入の罪に問うことはできないのではないかと思います。
ただし荷台に勝手に忍び込むために運送会社のトラックステーション等に侵入すると、建造物に侵入したということで罪に問うことができると思います。そうすると、公道上で駐停車しているすきにトラックに忍び込めば良いということになってしまいます。


軽犯罪法違反に該当するのか

軽犯罪法 には、関連しそうな項目として、

第一条  左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
三十二  入ることを禁じた場所又は他人の田畑に正当な理由がなくて入つた者

という規定があります。
ここで、まず「入ることを禁じた場所」の「場所」には自動車の荷台の中も含まれるのかどうかということが大変興味深いと思います。少し調べてみた範囲では、判例で「場所」として認定されているのは、皇居の敷地とか駅のきっぷ売り場などの通常の土地または建物の上の特定の領域のみであり、移動しているような自動車とか電車とかについては見つかりませんでした。航空機についても同じように「入ることを禁じた場所」の「場所」になるのかどうかよくわかりません。
(ただし現実的に、航空機に忍び込むには、通常は空港の建物や滑走路に正当な理由なく立ち入る必要があるため、その時点で建造物侵入になるのではないかと思います。公道の上を飛行中の航空機に外から侵入することは難しいように思えます。これと比較して、トラックの荷台へは、公道上を徐行または駐停車しているタイミングで、容易に忍び込むことができます。)


仮にトラックの荷台の中が「場所」として認定されたとしても、「入ることを禁じた」場所であるかどうかという別の問題は依然として残ると思います。「入ることを禁じ」ているという状態は、即ち、立て札・標示・注意書き・施錠・口頭などで入ることを禁止している意志表示が必要なのか、それとも、社会通念上入ることは当然禁止されていると思えるような場所であれば入ることを禁じている場所ということになるのか、という点がよくわかりません。
最後に、「入つた者」における「入る」とは、例えばコンテナ状の荷台においてコンテナの中に入るというようなことは恐らく「入る」に該当するのではないかなと思いますが、「コンテナの上に飛び乗って、外側に掴まったり、上に座ったりする」とか「普通の軽トラの荷台のような部分に乗る」とかいうようなことは「入る」という行為にならないのではないかとも思います。
これらをまとめると、たとえ自動車が「場所」として認定され、また「入ることを禁じ」られていることと認められたとしても、自動車の中に入るのではなく上に乗るというようなことを行えば、行為者は、軽犯罪法の抵触をせずに勝手にトラックに忍び掴まって移動することができるように思えます。



また、軽犯罪法には、別に、

二十八  他人の進路に立ちふさがつて、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者

という規定もあります。
ここで「他人の進路に立ちふさが」ることにあたるかどうかを考えると、トラックの荷台などに忍び込んでいる状態ではトラック運転者の進路に立ちふさがっているということはできないのではないかと思います。トラックのフロントガラスに掴まってあたかも視界を遮るような状態であれば「他人の進路に立ちふさが」っていると言えなくもないかも知れません。
トラック運転手の座席に近い荷台部分に長時間忍び込んでいることが「その身辺に群がつて立ち退こうとせず」に該当する可能性はあるかどうかについて考えますと、「群がる」の意味は「密集した一団となって、一か所に集まる。」(三省堂国語辞書) というように、2 人以上の者が集まる様であるため、2 人とか 3 人とか 100 人とかで一緒に荷台部分に長時間忍び込んでいれば「その身辺に群がつて」に該当するのでしょうが、1 人で単独で忍び込んでいる分には群がっていないことになりますので該当しないように思います。
「不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者」が一番適合しそうな感じがします。社会通念上、トラック運転手は、自己の運転するトラックの荷台に見知らぬ者が忍び込んでいる状態について、「不安若しくは迷惑を覚え」るであろうと考えることができると思います。
しかし、今回の問いでは、そもそもトラック運転手が、忍び込んでいる者に気付いていない (かつ、最後まで気付かない) という状態を仮定していますので、この条項に抵触するか微妙なところだと思います。


業務妨害罪に該当するのか

最後に、刑法第 233 条における業務妨害罪に該当するのかということについても考える必要があると思います。
たとえばトラックに忍び込もうとしたときにトラック運転手に見つかってしまい、「誰かが荷台に勝手に居座っている状態では運行することができず業務に支障が出るから、直ちに降りてほしい」などと言われたけれども頑なに降りなかったという場合は、居座った場合は業務を妨害することになると知っているにもかかわらず居座ることで、業務を妨害する意図があるのだと合理的に判断できるのではないかなと思います。
しかし、忍び込む時はトラック運転手に見つからずに、最後に目的地で降りるときにも見つからなかったか、降りるときに最後に見つかったような場合で、かつ、行為者の目的は無料で目的地へ移動することであって、特にトラック運転手の業務を妨害しようという意図は最初からなかったような場合は、業務を妨害しようとする意志がないため、業務妨害罪で処罰できない (刑法第 38 条「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。」) のではないかと思います。


まとめ

無料で遠方まで行くために、運送会社のトラックの荷台に勝手に忍び込み、目的地までトラックに運んでもらい、目的地付近に到着した後に降りるという行為を行う者がいたとすると、その行為は、刑事的に処罰されない可能性が結構高いのではないかと思います。

そこで思うに、このような変な問題は、最初から刑法の住居侵入等の規定に「艦船」と同様に「車輌」も客体として入っていれば解決できるはずかと思いますが、なぜ住居侵入等の規定は車輌が無いのでしょうか。